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なにもしないをしているんだよ

No.183

悲しすぎて故人をあまり推せないので経験が少ないんだけど、それこそNARUTOの自来也様とか、ずっと普通に好きだったけど去ってしまったキャラはいる そして大人になってからそういう二次創作とか見てると、故人キャラの二次創作もたくさんあって、そういうところがほんと忘れない限り生きているっていうか…その気持ちが将ちゃん描いててはじめて実感としてわかってきた…正しく王は生きていると感じるし、それは空知さんが描いてて思ったことなのかもしれない…

故人の二次創作って、描いててつらくないんだろうかという気持ちが見てる側的にあったんだけど、この間から見てる方も故人のCP描かれてて思ったんだけど、たぶんこれ見てるだけより描いてる方が救われるところあるのかもしれない 描いてると資料も探せば本編も復習して見るし、頭の中でキャラ同士無限に会話もしてるし、そうやってる時間ってほんと今もいるかのようにそのキャラのこと思い浮かべてるから 故人キャラとしての感じで描いてないのかもって将ちゃん描いてて思った だって生きてる頃を描いてるならそれを描いてる間のイメージはずっと生きてる姿の話だし 描いてる間が一番自分の中でそのキャラが生きていて、何回も思い出して描けば忘れない、忘れないなら生きている、というような気がする それこそぜんさちの話で将ちゃんの名前が出ただけでもそう思う ただ完成して見返したり他の方に見てもらう時にはまたたぶん故人として見てるのでしんみりもなっちゃうっていう

生存ifとかじゃなくて生きてた頃の姿描いてるだけでも、故人キャラの二次創作、見てるだけより描いてる方が救われるとこがたぶんありますね なるほどなあ なんかたぶんそうやって、もういないキャラのことを触れずに、最初からいなかったかのようになってしまう世界に対しての寂しさだったりするのかもしれない とか、もっといろんな顔、いろんな仕草見たかったなっていう単純な不足部分を補う意味としても 
そういう意味では高杉くんとか先生とかはそこまでじゃないんですけどもね私の中では だって本編でずっといたわけじゃないから 将ちゃんはやっぱり15巻からずっといて、去ってしまったキャラだから、ほんとアスマ先生自来也様とかネジに近い 私はネジについてまだ受け入れられてないんですけれども またNARUTO読み返そうかなと最近思ってる

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